精神風土

間もなくローザンヌ


間もなく今年のローザンヌコンペが始まる。
動画の配信がとても楽しみ。

今はクリックひとつで
海外の有名なバレエ団やダンサーの
レッスンやリハーサルの様子も
撮影用とはいえみることができて
興味深い。

日本のあるバレエ団のリハは
指導者が指示を「あれができていない、
ここがよくない」と矢継早に指示を出し
ダンサーたちはお行儀よく拝聴して
頷いて、次の続きに入っていった。

ローザンヌのモニク・ルディエールの指導は
毎回凄いと思う。
瞬時にレッスンを受けるジュニアたちの
現状とポテンシャルから最適解を
出すように真剣勝負している様子がわかり
なおかつそのコミュニケーションのやりとりがすばらしい。
それを活かすも殺すも
受ける側の努力と理解力と掘り下げであることは
間違いないと思う。


ロイヤルの動画で
「エリート・シンコペーション」の一部を
見たとき
おもしろいことに気付いた。
プリンシパルのラウラ・モレラ
ソロイストのメリッサ・ハミルトンと
チェ・ユフィの
3人が踊るシーン。



一番活き活きとしていたのは
チェ・ユフィで
音楽の快活さと
音のたのしみを全身で
シャープに表現していた。
ラウラ・モレラも負けていない。
貫禄たっぷり
ここはこうでなくちゃね!と
彼女らしい
「どやー!」なすみずみまで
行き渡ったおどり。
やや出遅れていたのが
メリッサ。

モニカ・メイスンをはじめとする
コーチたちは、どんどんとアドバイスを
与えていく。
しかし、日本人とはやや違うシーンが
展開する。
ダンサーは納得もしつつ
試行錯誤するが、「自分がこう考えて
動いた、踊った」ということについては
コメントし、納得の上でコレクションに入る。
この理由と必然を説明する、しない
できる、できないが
いわゆる海外で踊ることができるひとの
条件のような気がする。

気の強さとか、折れないという以前に
コミュニケーション能力の問題でもあるだろう。
なんでも一発で「問答無用よ、これでどう?」と
すぱっとコーチたちを黙らせることが
できるならはなしは別だが
あくまでお客さんが観たらどうなのかという
見地に立ってのアドバイス。
これは、共同作業に他ならない。

メリッサはポイント、ポイントを確認しつつ
でも面白かったのは、これも日本人と違うところで
またプロでもある証で、
いっぱいいっぱいの目一杯ではない。
余力、自分の理解と消化も、そして加減も
見極めつつの踊りになっている。
それは、ラウラもユフィも同じなのだ。



すごい。



日本のお稽古場では、先生に口答えなぞ
もってのほか。
素直にいわれたことを、しっかりとやる...
お行儀の良さ第一ではあるし、いまだにそうだけれど
「あなたは今どうしようとしたの?」
「こう考えて、こうやってみたかったのです」
というコミュニケーションは
たとえ7~8歳くらいからでも
必要ではないか。

「どうしてこうやってはいけないのですか」を
10個くらい説明して、なおかつ生徒の
モチベーションを摘むことなく伸ばせる
素敵な指導者がもっともっと出てきたとき
日本からすごいダンサーが
ざくざく出てくる。
バレエというメンタリティに
日本人の気質はとても近しいものがあるから。
たとえ体型や骨格は外来のものであっても
ゆきつくところは
表現
そのひとつに他ならないから^^


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レッスンできないというレッスン

一年間続く工夫と葛藤


4月の第一週が開け新しく佳境となったプロジェクトの現場にアシストに加入した。
想像どおり、やってもやっても作業は山積みで、PCの前に鎮座したままお手洗いにも立てず
昼食の休憩もままならず、ハッと気づいたら6時間以上経っていた...という数日を過ごしてさて金曜日。
さすがに立ちくらみを移動のときに感じた。

まずい。

ぶっ倒れる前に、自分でなんとかしなければならないという危険信号が出ている。

この数年、比較的コンスタントにバレエのレッスンでからだを動かして
汗と一緒にストレスも流していられたのは過去となり、向こう一年間は行けたとしても
自分の気力と体力があればの話で、おそらく月一バレエになるだろう。
本来ならかなり落ち込んだだろうと思う。
しかし、今の私はその逆なのだ。
「レッスンできないというレッスン」をしっかりとやるチャンスが到来した。

gillian.jpg

私のからだにはバレエを始めて以来、蓄積されてきたじぶんのからだに対する
本来ならば望ましくないクセや、弱い部分があちこちにある。
それがずっと続けているボディワークでかなり露見してきていた。
そこをレッスンできないうちに、自分でできる範囲で矯正し、補う時間が、「レッスンの時間がとれない」ことで
必定のテーマとして出てきたことになる。

果たして一年後はどうなっているのだろう。
それはまたあたらしいやり直しの課題とおそらく向き合って、バタバタと悪あがきを続けていく中途かなというのが
一番の現在の予想だ^^

私はまだバレエを続けていきたいと
おおいにできないからこその
希望の灯をともしている。



3月の水

3月の水

この季節になると
いつも聴きたくなる一曲。






通勤の途中で その3

10年後ははたして


オフィスに向かう途中の
林立するタワーマンションの
谷間のバス亭。

ムートンのコートを着たママが
何やら学校の課題の
ダンスのステップのような
ぴょんぴょんと
制服のまま練習している
小学生の子に
檄をとばしていた。

「また間違えた!
何度も同じこといわせない!!」

その子は半べそで
必死で練習を続ける。

「人生なんて
未来なんて自分の努力で
なんとでも変えられるんだからね!
甘ったれるんじゃないよ」

そ、そこまで言うか?!

ママ友や、ご近所さんとかには
死んでも見せないであろう
鬼の形相だった。

自分の子どもが
何かをなしえない
なんて
許せないわよ
ありえないわよ
出来て当然よ。
そのプライドの高さは
子育てに、ある意味必要かも
しれないのだが
私は言われている子の
けなげすぎる必死の表情に、
胸が張り裂けそうになった。

小さいうちから
ストレスにさらされまくって
成長していくのは
厳しかろうとは
余計な外野のお世話かもしれぬ。

人より
一歩でも先んじるを
よしとする育てられ方が
マウンティングなんて
ぞっとしない言い方を
産み出したのだろうか。

子どもだって
ストレス解消は必要なのだ。
時に、それは本当に残酷な
解消法で、ともだちや仲間や
年下の子とかに
情け容赦なくぶつけていたりする。

いじめの問題は
なんのことはない。
おとなを映した鏡。
ただのレプリカ。
縮図にすぎない。

必死に練習する子は
10年後にどんな少女に
なっているのだろう....。

通勤の途中で その2

なんとかしろー

地下鉄でつり革にぶらさがっていると
向かいの優先席が空いた。
混みあっていたので、すとんと
腰を下ろし文庫本を広げた。

ふたつ駅が進んで
どやどやと乗換のひとびとで
かなりぎゅうづめになった。
すると目の前にかなり
お腹の大きな女性がいたので
「どうぞ」と
声をかけて立ち上がると
ものすごい勢いで
その女性の隣に立っていた
となりのおじさんが
座ってしまったので
「あの、この方に...」と
言ったら、
「私は義足なんでね!」
とスラックスを
膝の上までしっかりとめくりあげ
にらみつけられてしまった。

たまたまだが
こういうときに
スマートに表情なり
コメントで切り替えしが
効くならば
まあ、今までの人生
さほど苦労はしておらなんだ。

「すみませんね」と
そっと女性に声をかけると
いえいえという感じで
微苦笑してくれたが、
義足の方のとなりに
陣取って座っている
メタボっぽい
二人のおっさんは
完璧にしかとしていた。

私が下車する駅までの間
間の悪さのやつあたりもかねて
声なき声で
そのおっさんたちを罵倒し続けたのは
言うまでもない。


ははは


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