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セオドア・レトキ

時を経て出会い直すことば


I learn by going where I have to go. (The Wakingから)

セオドア・レトキの
詩の一節に
友人が愛してやまない
先日急逝された
詩人の長田弘さんの本の中で
再会した。

これをいちばん最初に
教えてくれた
先生は、アメリカの
Rolling 60' の
ビートニクの詩人たちを
専門にしていて、
ちょっと風変わりなところが
あるひとだった。

愛妻家であることを
公言はばからず、
フェミニストを気取っていたが
授業の中での
とある発言に
くちばしの黄色い
生意気ざかりの私は
所詮、似非フェミニストじゃんよと
かちん!と来て
反対意見を述べるかわりに
そっとテキストやノートを
かばんにしまい、
椅子から滑り降りると
階段教室の後ろから
授業を抜け出してしまった。

後で、友人に
「先生が、ひとりだけふらあ~っと
出ていっちゃうから、
すごい目でみてたわよ」と
心配された。
「だってあんないいかたするんだもん」
おとなげないこと
はなはだしいが、
まだ10代だったからという
言い訳をそのときは
できただろう。
レポートはちゃんと評価がついてきたし
単位ももらった。

それから、押し流すように
過ぎていった長い時を経て
出遭いなおした
一節。
出会い直せるまでに
要した時間を思う。

先生は、山男だった。
研究の合間を縫い
ヒマラヤでも屈指の
美しい銀嶺に挑んだ。
アタックは成功した。
頂上は究めたが
残念なことに
還ってはこなかった。

私は、エスケープの
理由を話し
詫びる機会を
永遠に失った。
20度目の夏が巡る。

私の手元には
一葉の写真が残っている。
謝恩会で、
まだ人生の苦渋を
何一つ知らず
それからの幾星霜も
予想だにできない
青二才そのもののわたしと
お酒のグラスを片手に
笑っている先生が
友人たちといっしょに
並んでおさまっている。



I'm no longer young.
But the winds and waters are;
What falls away will fall;
All things bring me to love. (Words for the windから)


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