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朝の3分間1本勝負

終活に替わることば


イオンのシニア支援サービス事業体が
人生の後半戦をよりよく生きるために「終活」に
替わるあたらしい言葉を募集しているとのこと。

私は、「終活」という言葉は、悪くないなと思う。
若者たちの「就活」に音も
かぶっている面白みもあるし。

仏教では、長寿は人生のご利益のひとつという
とらえかたがある。
人間の平均寿命50年という時代では
先達のひとびとの、経験と知恵は
敬われ、大切にされていた。
滅多に長生きできない社会であり、
社会構造だった。
仏から賜る、功徳の証のひとつと考えられたのだ。

もちろん、今も「おばあちゃんのちえ」的な
庶民に伝わる生活のアイディアから
哲学的な、天啓に近いことばまで
わたしたちは、与えられ学び
そしてそれを伝えている。

今人生は「とりあえず80年」時代に
突入した。
誰も予想していなかったこと
予想をはるかに超えてしまったことが
どんどん起きる。

自分の「終活」を、一定の年齢以上となれば
いやでも考えざるをえない。
私は、大病は経験しなかったが
危うかったことはある。
幸い自立、自律のひとりぐらしを
続けており、細々と働きつづけている。

ひとりで年齢をどんどんと重ねていくと、
暮らし方は、どんどん質素、簡素へ
いつのまにか向かう。
ものは少ないほうが、室内も
火災、大地震に対するリスクが軽減するし
清掃や維持のメンテナンスも楽なのだ。
毎朝、玄関を出るときに
しっかり戸締りを2重に点検するまえ
私は「キッチンタイマーを3分」セットする。

この3分以内でできる片づけを
全速力でする。
軽く食べた朝食の皿洗い、
ちょっと拭く
埃をダスターで払う。
室内干しの乾いた洗濯物を
ぱっぱとたたむ。
日によってメニューは違うが
私の儀式なのだ。
3分は、実はバカにできない。

震災が、私にこの儀式を習慣づけた。
これこそが、私の「終活」かもしれない。
いってきますとドアを出て
もしかすると、帰宅できないかもしれない。
家族や、身内のものが
最悪は第三者が
還れない私に替わってドアを
開ける万が一は
やはりあるかもしれないのだ。

見栄っ張りではないが、
最低限、そんなときにドアを開けて
ぐちゃぐちゃの室内や
散らかったキッチンが
パッと目に飛び込んでほしくない。
乙女ごころならぬ
オバごころ。
その願いだけで、
今朝も3分のmy 終活
いや、一応 仮終活とでも呼べるのか・・・
タイマーが鳴るまで
あたふたの儀式をしている私だ。


生きじまい


こんなのだめっすか?イオンさん^^
若干暗め?(笑)


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