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卒業

教わる、教えられる関係について


約1年、ネイティブの先生について
英語を学んだ。
とても貴重な時間と経験を
得ることができたと思う。
何かを学ぼうとするとき
良き師との出会いは最良の実りであり
このひとと思えるひとに出会えたとき
その幸運に感謝できるのは
何よりのさいわいだ。

彼はすでに教えることに
豊かな経験を持っていた。
卒業に際してとても素敵な言葉を
贈ってくれた。

「これはお世辞ではないとまず
ことわっておきたい。
君を教えるようになって
初めてこの仕事の面白さや
自分にとっての意義を
再発見したと思う。
ありがとう」

不肖の弟子として
ありがたすぎるメッセージに
心から感謝した。

教わるということは
真面目さ、勤勉さは大切だが
自分が解らないことを
全力でぶつけていくなかで
自分の強みや弱みを真剣に
見つけだし
場合によっては、次の場所に
自分から歩きださねば
ならないときもある。
それが見極められることも
幸福のひとつだ。
場合によってはさらに荒涼とした
厳しい道でも
怖れず進むことを選べる
教え方をしてくれた師は
ひとにとって
本当の教師なのだろう。

古来から弟子は教師を超えていければ
最良とされるが
その本当の意味は、
弟子が自分の道を見出し
卒業を選べるという区切りがある
ということではないだろうか。
それは終わりで断ちきられる関係ではなく
新しい関係のはじまりとなる。
教わる以上
必ず成長と上達は
弟子にとって必須だ。
教わっていることへの依存や甘え
卒業なき永遠は
ただの地獄かもしれない。



次の頁に向かって
前進がはじまる。


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